大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6805号 判決 1964年5月26日

原告

小西六写真工業株式会社

右代表者代表取締役

杉浦六右衛門

右訴訟代理人弁護士

新長巌

右訴訟復代理人弁護士

浜野英夫

能谷耕正

被告

株式会社ヤシカ

右代表者代表取締役

牛山善政

右訴訟代理人弁護士

竹内桃太郎

右訴訟復代理人弁護士

渡辺修

主文

一  原告の請求は、棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「一 原告は、特許第二六六、七〇六号の特許権につき、別紙第一目録記載の撮影機を業として、生産し、譲渡し、又は譲渡のため展示することを内容とするの先使用による通常実施機を有することを確認する。二 訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  被告は、次の特許権の権利者である。

発明の名称 電動機駆動型撮影機

特許出願 昭和三十三年二月三日

出願公告 昭和三十五年四月三十日

登  録 同年十月十日

特許番号 第二六六、七〇六号

二  本件特許権の特許出願の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載は、別紙第二目録該当欄記載のとおりである。

三  原告は、カメラ、フイルムその他の光学機器及びその附属品の製造、販売を目的とする株式会社であるが、本件特許出願のされた昭和三十三年二月三日当時、本件特許出願にかかる発明の内容を知らないで、その発明をした者から知得して本件特許発明の技術的範囲に属する別紙第一目録記載の撮影機を、左記のとおり、業として生産し、譲渡し、又は譲渡のため展示すべく、その事業の準備をしていたので、原告は、特許法第七十九条の規定に基づき、右事業の目的の範囲内において、本件特許権につき先使用による通常実施権を有する。すなわち、

(1) 原告は、昭和三十一年一月頃から八ミリシネカメラの生産計画を立て、八ミリシネカメラⅠ型の生産の準備にとりかかつたが、昭和三十二年六月から同年七月にかけてできた八ミリシネカメラ用ズームレンズの設計を検討した結果右レンズの製作は必ずしも困難でないと認められたので、八ミリシネカメラⅠ型の生産計画を変更してズームレンズ付の高級機とすることとなり、右変更に伴い、撮影機のフイルム駆動につき小型モーターの使用によるフイルム駆動方式が採用され、同年八月十四日、八ミリシネカメラⅡ型として、F2・0、ズームレンズ付、レフ型メアインダー小型モーター駆動、使用電池は単3ペンライト六本、モーターは日本マイクロモーター製を使用する等の構想が発表され、同年九月十三日の第十三回新製品企画会議において右構想によるⅡ型機の早急な製品化が決定れ、同月二十四日、設計完了を同年十月、試作完了を昭和三十三年二月とする八ミリシネカメラⅡ型の設計及び試作命令が研究部第三設計課長あてに発せられ、これに基づいて設計及び試作作業が進められるに至つた。

(2) 次いで、昭和三十二年十二月五日の第三十一回研究会議において、管理本部調査役よりフイルム駆動源である電池の消耗度に関する表示方式の必要なことが示唆され、この担当者である第三設計課長に対し具体策の提出が要望され右第三設計課において協議の結果、電池の残存能力の表示には、本件特許発明と同じく露出計を利用し、乾電池とモーター間の回路に抵抗を挿入して、これを光電池回路と切り替えうるものとすることに決定し、その機構の具体的設計作業を開始し、同月末頃、八ミリ撮影Ⅱ型の設計をほとんど、完了して、写図工程に移るとともに、本件特許発明と同一技術的範囲に属する露出計兼用の部分については、昭和三十三年年一月中に設計を完了し、同月三十一日写図し、同年二月三日出図された。

(3) なお、原告は、同業他社との関係もあり、右八ミリ撮影機Ⅱ型を優先製作機種に選定し、試作と併行して直ちに量産に移すべく意図していたので、昭和三十三年三月十二日右の試作結果を待たずして、製造部に対し製造準備命令を発し、昭和三十四年四月、右発明にかかる別紙第一目録記載の構造を有するコニカズーム八ミリ撮影機を発売した。

右一連の事実に徴すれば、現行特許法第七十九条にいわゆる特許出願の際、発明の実施である事業の準備をしていたものということができるから、原告は、同条の規定に基づき、別紙第一目録記載の撮影機を業として、生産し、譲渡し、又は譲渡のため展示することにつき、本件特許権について先使用による通常実施権を有するものである。

しかして、通常実施権は、特定の特許権に対する通常実施権として成立するのであるから、その存否も基本となる特許権の存在を前提とすべきであり、特許権が成立しない以上、通常実施権のみが成立するということはありえない。本件特許権は、大正十年法律第九十六号特許法(以下、旧特許法という)施行当時出願されたものであるが、現行特許法施行の後である昭和三十五年十月十日、設定の登録により権利となつたものであるから、これに対する先使用による通常実施権も本件特許権発生の時に現行特許法第七十九条の要件を充たす限りにおいて成立したものというべきである。特許権発生前の出願時にその特許発明の実施をしていたことにより取得した通常実施権者たりうる地位は、それ自体いまだ実定法上の権利ということはできず、これが権利となりうるためには、基本となる特許権の成立を待たなければならない。しかして、旧法時に、その規定に従い、実施権者たりうる地位を有するようにみえても、その後の法規の改正によりそれが権利化せらるべき要件が変わつた場合には、新たにその要件を充たすときに始めてその法規に基づく権利となつたものと認むべきことはいうまでもない。なお、特許法施行法第七条は、「旧法第三十七条の規定による実施権であつて、新法の施行の際現に存するものは、新法の施行の日において新法第七十九条の規定による通常実施権となつたものとみなす」旨規定しているがこれは、旧法時において、すでに権利として発生したものの取扱いを規定しているものであり、将来一定の要件を充たした場合に権利者となりうべき地位の取扱いについてまでも規定したものでなく、むしろ、特許法施行法第二十二条、第二十三条等の規定に照らして考察すれば、現行特許法は、旧法上に存した法律上の地位は、新法の考え方に則り評価し直すという態度が窺われ、先使用による通常実施権についても、新たな要件を定めてこれを充たしたもののみを通常実施権として認めようとするものということができる。

四  仮りに、右主張が理由がないとしても、前項(1)から(3)記載の事実は、本件特許出願の際、善意で本件特許発明の技術範囲に属する別紙第一目録の構造の電動機駆動型八ミリ撮影機の生産、譲渡又は譲渡のため展示するための準備をし、かつこれを実施するに足る事業設備を有していたものということができるから、原告は、旧特許法第三十七条の規定に基づき、別紙第一目録記載の撮影機を、業として、生産、譲渡し、又は譲渡のため展示することを内容とする実施権を有するものであり、右実施権は、特許法施行法第七条の規定により現行特許法第七十九条の規定による通常実施権となつたものとみなされ、原告は、本件特許権につき先使用による通常実施権を有するものである。

五  前記のように、原告は、別紙第一目録記載の撮影機を、業として、生産し、譲渡し、又は譲渡のため展示するにつき、本件特許権について先使用による通常実施権を有するにかかわらず、被告はこれを争うので、これが確認を求める。

(答弁)

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一  請求原因第一、第二項の事実は、いずれも認める。

二  同じく第三項の事実中、原告がその主張の事業を目的とする株式会社であること、及び原告が昭和三十四年四月、コニカズーム八ミリ撮影機を発売したことは認めるが、右事実を除く(1)から(3)の事実は知らない。原告が本件特許出願の際、本件特許発明と同一技術内容の発明を完成し、その事業の準備をしていた事実は否認する。

なお、先使用による通常実施権の存否は、本件においては旧特許法第三十七条の規定により定むべきであり、現行特許法第七十九条の規定により定むべきではない。また、特許法施行法第七条にいわゆる旧法第三十七条の規定による実施権とは、旧特許法のもとで成立した実施権のみならず、将来成立すべき実施権をも含むものであり、これに反する原告の主張は失当である。

仮に、原告主張の請求原因第三項の(1)から(3)の事実があり、かつ、本件につき現行特許法第七十九条の規定が適用されるべきものとしても、同条にいう事業の準備とは、少なくとも発明が完成し、その準備が客観的に認識しうるものであることを要するから、右原告主張の程度の事実はいまだ同条にいう事業の準備ということはできない。

三  同じく第四項は争う。仮に、原告主張の請求原因第三項の(1)から(3)の事実があつたとしても、その主張の研究、試作及び設計等は、発明に至る過程であり、この程度のことをもつて完成した発明の意図の客観的発現とみることはできず、旧特許法第三十七条にいわゆる発明実施の事業設備を有するものということはできない。

四  同じく第五項は争う。

第三  証拠関係≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  被告が原告主張の特許権の権利者であること、本件特許権の特許出願の願書に添附した特許請求の範囲の記載が別紙第二目録該当欄記載のとおりであること、及び原告がカメラ、フイルムその他の光学機器及びその附属器の製造、販売を目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。

(先使用による通常実施権の存否について)

二 原告は、本件特許出願日である昭和三十三年二月三日当時、別紙第一目録記載の構造の電動機駆動型八ミリ撮影機を業として、生産し、譲渡し、又は譲渡のため展示すべく、その事業の準備をしていた旨又は右事業の実施をするに足る設備を有していた旨主張するが、その挙示援用する全証拠によるも、原告の事実を肯認することはできない。すなわち、(証拠―省略)を総合すれば、昭和三十二年十二月五日、原告会社の第三十一回研究会議において、さきに計画の電動機駆動型八ミリ撮影機の製作につき、フイルムの駆動源である電池の消耗度に関する表示方式の必要なことが示唆され、その担当者である第三設計課長に対し、右表示方式の具体策の提出が要望されたこと、及び第三設計課においては、協議検討の結果、具体的設計作業を開始するとともに、本件特許出願当時において、原告主張の(原告は、その撮影機は、本件特許発明と技術思想を同じくするものであると主張する)撮影機に用いられる電機露出計の指示器を適当な電気抵抗の介在組み合わせのもとに、フイルムの駆動用電池に接続し、もつて、右露出計の指示計器により、電池の電圧又は電流の測定を行ないうるようにするという構想のもとに、電動機駆動型八ミリ撮影機の設計図を作成していたことを認めることができるが、この程度の作業の段階にあつただけでは、いまだもつて、該撮影機の生産その他の事業の準備をしていたものとはいいがたく、また、この事業を実施するに足る設備を有していたものとも認めることはできない。(なお、前掲各証拠によれば、当時、右構想を撮影機に取り入れた場合の具体的配線図等は、まだ完成しておらず、また、原告の主張するところによれば、この撮影機の製造準備命令が発せられた昭和三十三年三月十二日当時、試作の結果すら判明していなかつたもののようである)しかも、他に、本件特許出願当時、原告において、前認定の程度の作業以上に前記撮影機の生産等の準備をしていた事実又はその事業の設備を有していた事実を認めるに足る明確な証拠はないから、原告の前示主張は採用しうべくもない。

(むすび)

三 以上説示のとおりであるから、原告が本件特許出願当時、原告主張の撮影機の生産等の事業の準備をしていたこと、又はその事業の設備を有していたことを前提として先使用による通常実施権を有することの確認を求める本訴請求は、進んでその余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

よつて、原告の請求は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 武居二郎 白川芳澄)

第一目録

フイルムの輪動とシヤツターの作動を司る電動機を電池電源に接続すべくした撮影機において、光電池と指示計器とを接続する測光回路を、光電池の受光部及び指示計器のフアインダーを備えたカメラ本体内に組み込むとともに、右指示計器の入力端子を前記電池電源に接続して二個の抵抗を配列して構成した電流補償回路にスイツチをもつて切り替えうるようにした電動機駆動型八ミリ、十六ミリ及び三十二ミリ撮影機

第二目録

特許庁特許公報(特許出願公告昭三五―四四九三)

公告 昭三五・四・三

出願 昭三三・二・三

特願 昭三三・―二五一三

発明者 染葉桂一

東京都中央区日本橋室町一の八

株式会社ヤシカ内

出願人株式会社ヤシカ

東京都中央区日本橋室町一の八

代理人弁理士吉村庄吉

電動機駆動型撮影機

図面の略解(省略)

発明の詳細なる説明(省略)

特許請求の範囲

本文に詳記し且図面に例示するようにフイルムの輪動とシヤツターの作動とを司る電動機を電池電源に接続する測光回路を組込み該指示計器の入力端子を切替スイツチを介して前記電池電源に接続する電流補償回路に切替え得るようになしたことを特徴とする電動機駆動型撮影機。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例